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京都地方裁判所 昭和34年(行)13号 判決 1961年10月07日

原告 山口泥牛

被告 京都府知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「京都市伏見区桃山町泰長老百十六番地の二田四畝十二歩(以下本件土地という)について、被告が原告に対して昭和三十一年五月二十四日付京都府達第二八〇号を以てなした売渡処分の取消処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として、

「一、本件土地は、元、原告が住職をしている訴外月橋院の所有であつたが、大正二年二月頃から原告が耕作を始め、その後所有者が変つてからも引き続きその耕作を続けてきたので、昭和二十五年三月二日付京都pNo.二六四六号を以つて、自作農創設特別措置法第十六条(以下自創法第十六条という)の規定により、原告は被告からその売渡処分を受け、同年五月二十五日代金六百八十六円を支払い、翌二十六年三月六日京都地方法務局伏見出張所受付第一〇八一号を以つて、右売渡処分による所有権移転登記を了した。

二、しかるに、被告は、昭和三十一年五月二十四日付京都府達第二八〇号を以つて、『本件土地は売渡処分当時訴外埜村啓吉が耕作していたものであり現実の耕作者を確認せずにそれ以外の者に売渡したことは違法であり、且つこの農地については現在まで引き続き埜村啓吉が耕作しているものであるから、社会公益上からも売渡処分は取消を必要とするものである。』との理由により、原告に対する本件土地の売渡処分を取消し、右決定は翌二十五日原告に送達された。

三、しかし、被告の右売渡処分の取消処分は、次の理由により無効である。

(1)  本件土地は、従前から原告が耕作権に基いて耕作してきたものである。

本件土地は、月橋院の所有地であつた大正二年二月頃から、原告が耕作し始め、その後右土地の所有権が同年二月右月橋院から訴外川上楢太郎に、更に大正五年同人から訴外芦田源次郎に順次移転したときも、右川上、芦田がいずれも大阪市内に居住していたため、両人によつては全然耕作されなかつたので、原告が右土地を借り受けその後も引き続き耕作を継続してきた。

そして売渡処分当時、原告が本件土地を耕作していたがために、伏見区農地委員会から昭和二十五年二月十日付で、右土地の買受申込手続をするようにとの通知を受けたのである。なお、原告は昭和二十五年十二月に、国が本件土地を買収した後原告が売渡を受けるまでの間即ち昭和二十二年七月二日から同二十五年三月二日までの間の右土地の賃料として合計金百九十二円を国に対し支払つたことがあるが、これは国において原告が買収前の所有者である芦田源次郎に対し本件土地の賃借権を有していたことを認めていたことの証左に他ならない。

(2)  訴外埜村啓吉は本件土地に対し耕作権なく又耕作もしていなかつた。

本件土地は、終戦前後の食糧事情の困難な頃一時、附近に居住していた訴外埜村啓吉、同中田卯一郎、同安西健次郎、同三島某等が原告の承諾を得ずにその一部を家庭菜園に使用していたが、その後食糧事情が緩和するに従い、自然耕作する者がなくなり、雑草が繁茂している状態であつた。そして右埜村が家庭菜園として使用していたのは本件土地のうち十坪弱でありしかも同人は終戦当時以来行方不明であり売渡処分当時も取消処分当時も右土地を耕作していたことはない。

なお、本件土地の買収計画を樹立した伏見区農地委員会が法規に基きその公告をしていたにも拘らずその当時の右土地の所有者であると被告が主張する訴外真福寺からは何らの異議申立がなく、又右寺の住職である訴外古谷教純から右土地の管理を依頼されて耕作していたと被告が主張する埜村啓吉からは買受申込手続がなされなかつたのであつて、これは売渡処分当時真福寺は所有者でなく、埜村も耕作者でなかつたことの証左である。

更に、原告が本件土地の売渡処分を受けた直後、原告は右土地の西側と南側の道路に接する部分に何人も入耕できないように設備をしておいたが、昭和三十三年四月二十日訴外埜村忠夫が月橋院の境内地の竹垣を破壊し耕作者を装わんとして伏見警察署において取調を受け、直ちにこれを原状に復し、原告に謝罪した事実があり、これは当時右忠夫が本件土地の耕作者でなかつたことの証左である。

(3)  以上の実情であるにも拘らず、売渡処分後六年余の年月を経過した昭和三十一年五月二十四日に至つて、被告が行方不明の埜村啓吉を売渡処分当時およびそれ以降の本件土地の耕作者であると認定して売渡処分を取消したことは虚偽の事実を基礎にした重大且明白な瑕疵ある処分であるから右取消処分は違法且無効なものと言わなければならない。

よつてその旨の確認を求めるため本訴に及んだ。」

と述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は、「主文同趣旨」の判決を求め、答弁として、

「一、原告主張一、(但し原告が耕作していたとの点は除く)および二の各事実並に三の事実の中終戦後附近居住の訴外埜村啓吉外数名が本件土地を耕作していたが、その後食糧事情の好転と共に次第に耕作者の数が減少して行つた事実は認めるが、その余の三の事実は争う。

二、被告が原告に対する本件土地の売渡処分を取消したのは次の事情に基くから、右取消処分は違法ではない。

(1) 本件土地は大正五年に京都市伏見区桃山町鍋島に在る訴外真福寺の代表信徒であつた訴外芦田源次郎が同川上楢太郎から買い取つて、追善菩提のために右寺に寄附し、同寺の住職である訴外古谷教純が管理していたものである。その後戦時中には軍隊が使用していたが終戦とともに近隣の者らが右古谷の承諾のもとに耕作を始め、訴外埜村啓吉が古谷と懇意であつたところから右土地の管理を依頼せられ、食糧事情の緩和とともに右埜村が全面的に耕作することになつた。ただ同人が病弱であつたことや家庭の事情等のために、現実にはその妻埜村なを、長男埜村忠夫が耕作を続けてきたのである。仮りに埜村啓吉が行方不明であるとしてもその妻および長男がその耕作権を引き継いでいるものであるから、原告が本件土地の耕作権を有することにはならない。

(2) 原告が売渡処分当時本件土地を耕作していたことはなく、被告は原告の住所が右土地の隣地にある関係から原告が耕作しているものと誤信して原告に売渡したものである。仮りに、原告が現在までに一時的に本件土地を耕作したことがあつても、それは正当な権限に基かない不法占拠である。又、原告は売渡処分を受けた直後に本件土地の側面に垣をめぐらしたと主張しているが、それは昭和三十二年十二月初旬即ち被告が売渡処分を取消した後に右土地を不法に占拠したものであつて、時期的に大きくくい違つており、原告の主張を正当づけるものではない。

以上の如く、被告が耕作権のない原告に被告の誤認に因り売渡処分をしたことを発見したので、正当な耕作権者に売渡をなすべく原告に対する売渡処分を取消したことは正当の措置であつて、原告の主張する如き違法のものではない。」

と述べた。(証拠省略)

理由

一、被告は昭和二十五年三月二日本件土地を自創法第十六条の規定による売渡処分により原告に売渡し、原告のためにその旨の所有権移転登記をなしたが、昭和三十一年五月二十四日原告主張通りの理由により、右売渡処分を取消し、右取消決定が翌二十五日原告に送達されたことは当事者間に争いがない。

二、そこで右取消部分に原告主張の瑕疵があつたか否かにつき判断する。

(一)(1)  先ず原告が耕作権に基いて耕作していたか否かの点

本件土地は、元、原告が住職をしている訴外月橋院の所有であつたがその後その所有権は大正二年二月同院から訴外川上楢太郎に更に同五年訴外芦田源次郎に順次移つたことは当事者間に争がなく、成立に争いのない甲第一号証(登記簿謄本)および証人古谷教純の証言、原告本人尋問の結果によれば、前記川上楢太郎、芦田源次郎はいずれも大阪市内に住居を有し、本件土地を自らは使用しなかつたことが認められるが、原告が本件土地を、月橋院の所有であつた大正二年二月頃から耕作し始め右所有権が川上、芦田に移つてからも引き続き耕作を続けたとの原告主張事実は原告本人尋問に於ける原告の陳述以外にはこれを認めるに足りる証拠はなく、右原告本人の陳述は後記の各証拠に照したやすく信用できない。却つて証人埜村忠夫、同古谷教純、同松村道貞の各証言によると、本件土地は太平洋戦争の終戦直前頃迄は一時友禅工場の干場としてや軍隊のために使用されたことがあるだけで耕作されたようなことがないことが認められ、更に、すくなくとも終戦後は訴外埜村啓吉外数名の附近住民が耕作していたこと及びその後追々耕作する者が減少したことは当事者間に争のないところであるばかりでなく、終戦直前頃食糧事情が極度に悪化し始めてから前記附近住民によつて後に認定するような事情から家庭菜園等の耕作の用に供され始めたことが前記各証人の証言により認められ、原告も売渡処分当時頃およびそれ以降その一部を僅かに仏花用のひまわりの栽培に利用していたことが証人増山与一郎、同大島岩吉、同松村道貞の各証言によつて認められるにすぎない。

右認定に反する証人小森助八の証言、証人埜村忠夫、同古谷教純の各証言はいずれも採用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

更に、原告は本件土地を買収前の所有者たる芦田源次郎から借り受けたと主張するが、これを認めうる何の証拠もない。尤も成立に争いのない甲第四(国有農地使用料納入通知書)、第五(証明書)号証によれば、原告主張のとおり、原告が昭和二十五年十二月に、同二十二年七月二日から同二十五年三月二日までの本件土地の使用料として合計金百九十二円を国に支払つた事実を認めうるが、右事実からだけでは原告が芦田に賃借権を有していたと推認することは到底できない。

してみると、前認定のように原告が一時本件土地の一部を花畑に使用していたのは何らの権原もなく使用していたものと認めざるをえないわけである。

(2)  訴外埜村啓吉が本件土地につき耕作権がなく又耕作もしていなかつたか否かの点。

(イ) 本件土地は大正五年頃芦田源次郎が前所有者川上楢太郎から買受けてその所有権者となつたこと、及び、終戦前後の食糧事情の困難な頃、一時、附近に居住していた訴外埜村啓吉等数名の者が本件土地を耕作していたこと、その後食糧事情の緩和と共に次第に耕作者の数が減少してきたことはいずれも前に認定した通りであつて、証人埜村忠夫、同古谷教純、同井沢潸、同増山与一郎(同人の供述中、後記措信しない部分を除く)の各証言を総合すると、前記芦田源次郎は真福寺の大阪在住の枢要な信徒であつたこと、そして同人が本件土地の所有権取得後(これを真福寺に寄贈したか否かはともかくとして、とにかく)同寺の住職である古谷教純に、一切の管理を委任したこと、その後、終戦直前頃から食糧事情の悪化に伴い、埜村啓吉を含む近隣の者数名が当初家庭菜園として耕作を初めたがその耕作をするに当り、その頃町内会長をしていた埜村啓吉が代表者となつて、土地の管理人である古谷教純の承諾を得たこと、前認定のように終戦後、食糧事情が好転するに従つて、次第に耕作を廃していくものが出て来少くとも昭和二十二、三年頃から原告が売渡処分をうけ、且つその取消処分がなされるまでの間は埜村啓吉と安西某等のみが耕作を続けていたに過ぎずしかも、その耕作面種も前認定の如く、原告がひまわり栽培に利用していた一部を除く外、大部分を埜村啓吉がその残りを安西某が耕作していたこと、唯、当時埜村啓吉は病弱であつたので、主として同人の妻なをが、長男忠夫の手伝を得て、右土地を現実に耕作していたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証人増山与一郎の供述は前段認定の各事実に照らしてこれを措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。本件土地の売渡処分前右埜村啓吉が買受申込手続をしなかつたからと言つて、これを以つて同人が当時本件土地を耕作していなかつた証左とすることをえないし、また原告が本件土地の売渡処分を受けて後周囲に設けた竹垣を右埜村啓吉が破壊して本件土地に這入つたことは証人埜村忠夫の証言によつて認めうるけれども、この事実とても前同様である。

以上の各認定事実によると、結局、本件土地の売渡処分並びにその取消処分がなされた当時、本件土地を耕作していたのは埜村啓吉だけではなかつたが同人は正当の権限に基いて本件土地を耕作していたものである。

(二)(1)  次に原告が売渡処分をうける適格性を有していたか否かにつき考えてみるに、(一)の(1)において認定のとおり原告は売渡処分当時、何等の権限もなく本件土地の一部を仏花用のひまわりの裁培に利用していたに過ぎないのであるから、斯様な場合には自創法第十六条第一項前段に規定する「耕作の業務を営む」場合に該当するものとは認め難く、又、原告が月橋院という寺院の住職であるという点に鑑みても、同法同条同項後段所定の「自作農として農業に精進する見込みある者」に該当するものとは考えられない。そうすると原告は、本来、本件土地については自創法に基く本件土地の売渡を受けうる適格を有しなかつたのであり、従つて原告に対してなされた売渡処分は同法第十六条の規定に違反してなされた瑕疵ある違法な行政処分であると云わざるを得ないのである。

(2)  ところで違法な行政処分がなされた場合、その処分をなした行政庁において職権をもつてこれを取消し得ることは勿論であつて、前認定のように埜村啓吉が本件土地の耕作者であるとする被告の本件取消処分の理由は叙上認定の事実との間に多少のくい違いがあるが、本件取消処分の主眼とするところが原告が自創法第十六条所定の買受適格者でないことにあることがその処分理由自体から明かな本件においてはたとえ具体的な耕作者の表示に或程度の誤りがあつても、斯る程度の誤認をもつて直ちに右誤認に基く当該行政処分を無効ならしめる程の重大な瑕疵に該当するものとは断定し得ないし、原処分庁による行政処分の取消には原処分に取消しうべき瑕疵のあることのみを以つては足らずこれを取消すべき公益上の必要のあることを要するものと解されるところ、自創法の精神に照し、前認定のように農業を営むものでない寺院の住職でしかも将来自作農として農業に精進する見込のあるものとは認めえない原告に対してなされた本件土地の売渡処分を取消し、改めて同法の目的に適合した措置を構ずることが公益上結局必要と考えられるから、被告のなした本件取消処分にはこれを無効とすべき何らの瑕疵のないものということができる。

三、従つて、右処分に重大且明白な瑕疵があるとして、その無効であることの確認を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 喜多勝 三代英昭 大西リヨ子)

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